安息日

聖書のはじめの2章は、この世界と人間の創造の記録です。神が理想的にお造りになったこの世界のはじめに、二つの制度が定められました。これは人間が罪を犯す前に与えられたもので、人間がほんとうに幸福な生活をつづけるためでした。罪を犯してエデンの園を追放されたときも、アダムとエバはこの二つの制度をもってでていったのです。
 

それは人間を造り人間の本性をいちばんよく知っておられる神の深い愛と知恵によって定められたものでした。その一つは結婚の制度です。もう一つは、安息日という特別な日が定められたことです。この日は創造週の最後の日でした。聖書の記録をみると、「こうして天と地と、その万象とが完成した。神は第7日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第7日に休まれた。神はその第7日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである」(創世記2章1節一3節)とあります。この日は今日の土曜日にあたります。
 

私たちは、いろいろな時の区切りを用いています。1日、1週、1月、1年等です。これらの時の区切りは、たいてい天体の運動をもとにして定めたもので、たとえば地球の自転周期から1日、公転周期(地球が太陽のまわりを1回転する時間)から一年が定められています。しかし1週すなわち7日間という時の区切りはどこからきたものでしょうか。7日という周期をもった現象は天体の中には見当たりませんが、週制度は非常に古くから用いられています。大英百科事典のカレンダーの項をみると、7日という時の単位は、太古の時代からほとんどすべての東洋諸国において用いられ、東洋から西洋にひろがっていったと書いてあります。

1.旧約時代の安息日

 

人類の発祥地と考えられているチグリス川、ユーフラテス川流域のメソポタミヤ地域に、人類の最も古い文化と制度が見いだされますが、その中にすでに週制度が存在しています。この時代の東洋民族はほとんど滅び去ってしまいましたが、はっきり残っているのはユダヤ民族です。

 

この民族を、この時代と現代をつなぐ鎖とみなすことができます。ことに便利なのは、ユダヤ民族は、古代民族のうちで他と比較にならないほど、正確な歴史的記録をもっていることです。それは旧約聖書です。今日考古学の発達に伴い、旧約聖書が歴史的に正確であることは、一般に認められるようになりました。

 

この旧約聖書の中に7日という時の単位および週という言葉が出ています。旧約聖書はヘブル語で書かれていますが、ヘブル語の週という言葉は7を意味する語根からきたもので、週と7との関係がうかがわれます。はじめに述べたように、創世記2章1節、2節からみると、7日という周期は、天地創造の期間にその基礎をおくものです。ユダヤの学識深いラビたちも、このことを証言しています。

 

先に引用した大英百科事典のカレンダーの項には、次のように述べられています。「週とは7日間の周期をさし、それに不変の一様性を与えるような天体の運動はない。……それは太古の時代から、ほとんどすべての東洋の諸国において用いられた。それは1年または1か月の何分の一というようなところからきたものではないから、デランバーも指摘しているように、もしモーセの物語(旧約聖書の創造の記事)を認めない者はその起源について確からしく思われる説明をすることに困難を感じるであろう。」
 

 このようにしてはじまった週制度の第7日目は、聖書によれば特別な日でした。「神はその第7日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである」(創世記2章3節)。
 

この第7日は十戒の第4条をみると安息日とよばれています。「主は6日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、7日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた」(出エジプト記20章11節)。

2.安息日の意義


(1)創造の記念日
安息日は神がこの世界の創造を終わって休まれた日で創造の記念日です。創造は人間と神を結びつける基本的な関係であり、「安息日を覚えて、これを聖とせよ」(出エジプト記20章8節)という戒めは、まず私たちの存在は神によって与えられたものであり、神によって保たれているという事実を覚えることを意味します。この自覚が私たちの生きる根底になければならないのです。

 

次に「これを聖とせよ」とありますが、はじめに神が安息日を制定されたとき、「これを聖別された」(創世記2章3節)とあります。「聖別する」というのは、「それが聖なることと宣言し、聖なる目的のために用いるようにとっておく」という意味です。安息日には日常の仕事をはなれ、神による創造を記念し礼拝や聖書を読むことをとおして神と交わり、自分の存在の意義を確かめることは、人間がほんとうに幸福な生活をしていくために必要でした。キリストは「安息日は人のためにある」(マルコによる福音書2章27節)といわれました。もし人間が創造の時以来、安息日をおぼえて、これを聖別していたら、この世界に無神論者は1人もいなかったでしょう。


 (2)あがないの記念-きよめのしるし
エゼキエル書20章12節に「わたしはまた彼らに安息日を与えて、わたしと彼らとの間のしるしとした。これは主なるわたしが彼らを聖別したことを、彼らに知らせるためである」とあり、安息日は、私たちを罪より救い、きよめてくださる神の力のしるしです。なぜならば罪を犯した人間が、罪よりきよめられるのは、神の創造の力によるほかはないからです。はじめ人間を創造された神は罪を犯した人間を救いの計画をとおして再創造してくださるのです。

3.新約時代の安息日
 

旧約聖書の時代に安息日は聖日として守られてきたが、キリストがおいでになってから律法は廃せられ安息日も守る必要はなくなったと思っている人がいます。しかし、キリストは十戒を廃するためではなく、成就するためにきたと言われパウロもわたしたちは律法を確立するといいました。新約聖書にでている、キリストと当時の宗教指導者たちとの間の問題は、安息日の守リ方にあったのです。

4.安息日は土曜日


聖書の中には曜日は出ていませんが、聖書の安息日は、現在の土曜日にあたります。それは次のことを考えるとわかります。
 

キリストの復活が日曜日であったことについては異論がありません。そこで、キリストの復活についての聖書の記録を調べてみると、ルカによる福音書23章の終わリに、キリストが十字架におつきになったあと、そのからだをアリマタヤのヨセフの助力で、まだだれも葬ったことのない墓におさめた記事がありますが、54節から56節までに、「この日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。イエスと一緒にガリラヤからきた女たちは、あとについてきて、その墓を見、またイエスのからだが納められる様子を見とどけた。そして帰って、香料と香油とを用意した。それからおきてに従って安息日を休んだ」とあり、それにつづいて24章の1節から3節に、「週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。ところが、石が墓からころがしてあるので、中にはいってみると、主イエスのからだが見当らなかった」という復活の記事があります。復活の日は現在の日曜日にあたるのですから、キリストの時代に、「おきてに従った安息日」というのは「週の初めの日」の前の日、すなわち、週の終わりの日、第7日の安息日で、これが現在の土曜日にあたることは明らかです。次に聖書以外の歴史的な証拠をすこし調べてみましょう。

 

1世紀よリ2世紀にかけての歴史家タキトウス(55頃-120頃)は、ユダヤ民族の起源を土星の神と結びつけ、そのために土星の日に休むといっています。このユダヤ人の起源の考えは伝説的なものですが、安息日を土星の日と結びつけているのは、ユダヤ人が守っていた聖書の第7日の安息日が週の土星の日、すなわち土曜日にあたっていることを示しています。
 

アレキサンドリヤのクレメンス(150頃-215頃)は、その当時盛んであったグノーシス派の人々について、「彼らは第4日と準備の日の意味を知っていた。前者は水星の神、後者は金星の神よリ名づけられた日であった」といっています。これは聖書の週の第4日が水曜日に、また6日の準備の日が金曜日にあたっていたことを示しますから、第7日は土曜日にあたっていたことになります。
 

ラバヌス・マウルス(776-856)はドイツのマインツの大僧正でしたが、その時代の最も教養の深い人と考えられています。彼は次のように言いました。「彼(法王シルベステル1世)は昔からの習慣に従って第1日を主の日と呼んだ。その日ははじめに光が送られた日であり、またキリストの復活が、祝われた日であった」。これは、聖書の週の第1日が日曜日に当たることを示すものです。このほか、ユダヤ人のつたえた週の第7日が、土曜日にあたることを示す文献はいろいろあります。

5.週制度の継続
 

週制度は創世の時以来今日までに中断されたり、変更されたリしたことはないでしょうか。
 

イタリアの天文学者ジー・スキァパレリは、その著「旧約の天文学」において「安息日の間隔は中断されることなく連続的に行われたことは疑うことができない」と言っています。またキリストはすべてのことにおいて私たちの模範ですからキリストのお守リになった安息日は、創世以来のかわらない循環を保ってきた第7日であったと信じることができます。したがって週制度の継続を確かめるにはキリストの時代から、現在に至るまでの変遷を調べればよいわけです。
 

まず日の勘定がとんだリ、重複したりしたとは考えられません。少数の人々には思いちがいがあるかも知れませんが、全人類がそのような誤りにおちいることは考えられません。また天文学者という、日時の勘定を専門の仕事としている人々もいるのです。もう一つの懸念は、暦の改訂にあたって、週日に変化はなかったかということです。キリスト以後暦の改訂が行われたのは一回だけです。この改訂の前の暦はユリウス暦で、改訂後の暦は、この改訂を指導したローマ法王グレゴリウス13世の名をとってグレゴリオ暦と呼ばれています。これが今日私たちが用いている暦です。
 

 この時、種々の改訂案が出ましたが、カトリック百科事典・9巻・251ぺ一ジによると、週制度を廃するという考えは全く出なかったのです。この百科事典の8巻・740ページにこの時の改訂のやリ方が書いてあります。「キリスト教時代においては、1週の日の順序が決して途切れていないことは、注目すべきことである。グレゴリウス13世が1582年に改暦を行った時は、10月4日木曜日の次を10月15日金曜日としたのである。英国においては、1752年に、9月2日水曜日の次を9月14日木曜日とした。」
 

法王グレゴリウス13世の布告によって、スペイン、ポルトガル、イタリアでは直ちに改暦が行われましたが、主として宗教的あつれきのため、他の国々はただちにこれに従いませんでした。英国では、1752年までユリウス暦を使用しました。他の諸国でもみな週日を変更しないでグレゴリオ暦を採用するようになりました。したがって週制度は創世以来、今日に至るまで変わることなく継続してきたことは明らかです。

6.安息日の守り方


安息日は創造の記念日であり、神に救われたもののきよめのしるしでもあります。この安息日をいかにして過ごすかについて考えてみましょう。

 

(1)礼拝-神との交わり
 安息日は神の全知全能、私たちにあらわされた愛の記念ですから、その意味を悟るとき私たちの心は感謝と喜び、賛美にみたされます。普通の仕事をはなれて、礼拝、聖書研究、祈りによって神と交わることは安息日を記念するにふさわしいことです。

 

キリストはいつも安息日に会堂にはいり、礼拝をし、聖書をお読みになりました(ルカによる福音書4章16節参照)。旧約の預言者イザヤは次のようにすすめています。「『もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、その時あなたは主によって喜びを得、わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、あなたを養う』。これは主の口から語られたものである」(イザヤ書58章13節、14節)。
 

安息日はいつからいつまでかということについて、レビ記23章32節に「これはあなたがたの全き休みの安息日である。…その夕から次の夕まで安息を守らなければならない」とあります。すなわち金曜日の日没から土曜日の日没まで安息日を守るのです。聖書の時代の1日は日没から日没まででした。安息日のはじめと終わりに礼拝をすることはふさわしいことです。

(2)そなえの日
 聖書の中で金曜日はそなえの日と呼ばれています。安息日に普通の仕事をしないでよいように準備し、買い物や家の内外の掃除、安息日に教会に行く準備などをし、また安息日をむかえるにふさわしいような心の準備をします。人との不和があればそれも和解しておきます。

 

(3)良いことをする日
キリストは「だから、安息日に良いことをするのは、正しいことである」(マタイによる福音書12章12節)といわれました。病人を見舞い、困っている人を助け、伝道の働きをすることもよいことです。それに子供たちといっしょに美しい自然の中で、神の創造について考えることも安息日にふさわしいことです。

 

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